人々のあいだに仕切りを作り、それぞれに役割を割り振る――身分制社会は農業時代の仕組みです。
その仕切りが不都合になる――それが、産業の時代。
時代の要請として、「国民」、そして、国民国家が生まれます。
強い海流に隔てられ、孤立を保ってきた日本。
同質社会という点で、「国民」の形成には圧倒的に有利です。
その有利な条件を背景に、明治新政は西欧の国民国家へのキャッチアップを図ります。
見事といいたいほどの鮮やかさで、「国民国家」をつくり上げました。
手段は3つ。
1) 天皇制と首都・東京
江戸時代の士農工商という身分制社会。
それを、「すべて、天皇の民」として統合した天皇制。
振り返って、見事としか、いいようがありません。もうひとつ。
東京駅、東京大学、霞が関――これまた、見事な統合の仕掛けです。
2)廃藩置県
江戸時代の人々は、いわば「藩民」。
それを、「日本国民」に変える。
廃藩置県――藩を廃し、県を置く。
中央政府による、全日本の一元支配。
強引だが、鮮やかです。
3) 戦争
戦争も、(国民国家の形成には)好都合です。
西ヨーロッパで国民国家が形成された時代――それは、各国が覇を競った戦争の時代です。
そして、明治日本。
戊辰戦争(1868~69年)、西南の役(1877年)、日清戦争(1894~95年)、日露戦争(1904~05年)と戦いを続けました。
その後も、第1次世界大戦、太平洋戦争――戦争の歴史は、同時に、日本の中央集権国家への歩みです。
そして、恐ろしいほど「日本国民」になってしまったわたしたち。