(農業社会型)帝国――それが、アジアの国々。
「国」と「民」が、バラバラ。
「民」が、いくつものグループに分かれてバラバラ。
頼れない国。
そのことから生まれる、「自己本位で、超国家的で、独自に主張できる」多様な市民。
そして、とても興味深いことに、それこそが、情報化社会が求める市民像です。
つまり、時代の最先端を行く市民たち!?
また、「国家が頼れない」なら、別のsafety netが求められます。
それが、同族集団、宗教グループ。
そして、それらがバラバラの根っ子にある現実。
専制国家は、なにか別のかたちに変われるでしょうか?
分断されたsafety netは、いつまでも機能し続けるものでしょうか?